━━━━パルティニア西部の小さな村で俺は産まれた。
母胎を傷つけ、時には死に至らしめるが故に呪われた子とも呼ばれるナイトメアとしての産まれだったが、西方大公たるガーレ・ドラゴニス様(サマ)が村に常駐させていたプリーストのお陰で、俺と母さんは二人共助かった。
……大公、なんて付くようなお偉いさんが何故母さん一人の為にどこに行っても引っ張りだこって程に手が足りない筈のプリーストを村に常駐までさせていたのか。
その理由は、パルティニア建国の歴史にまで遡る。
なんでも、俺のグライク家はパルティニア建国以前にこのケルディオン大陸中央平原西部を治めていた王家の血筋らしい。そして、村人は全員がかつての王国の民だった。
勢力を急速に拡大するパルティニアを前に小国では立ち向かえぬと悟った当時のご先祖サマは、アルケサス王と一つの契約を結んだ。
━━━━王権の一切を破棄する代わりに、民が暮らし続ける事を支援する、と。
……甘ったれた契約内容だし、護るべき理由なんて一つも無い。
━━━━けれど、ガーレ・ドラゴニスとアルケサス王は契約を護った。
叛乱を起こせないように少数に区分けこそされたが、当時の王家の末裔も特に根切にされる事も無く。
むしろ、戦争で荒廃し尽くしている世界の中では平穏無事な方かもしれない。そう思える程に平和な時間が、俺の村には流れていた……あの日、総てが終わるまでは
━━━━始まりは突然だった。
村の近くに開いていた、スロズノツの地下鉄道網。そこから《ソイツ》は現れた。
白くて、デカくて━━━━口の中だけは犠牲者で真っ赤っか。
御伽噺みたいに聴いてた、人を喰らうプラグホルンの変異体。その中でもいっとうの大物が、村を襲ったのだ。
当然、小さな村に……それも、叛乱を起こさぬようにと締め付けられていた俺の村に、勝ち目なんて無かった。
ぐちゃぐちゃと、ばきばきと、もそもそと、真っ赤な痕を遺して、ソイツは近づいてきて。
『━━━━坊ちゃんは奥様と先に避難を!!』
普段から坊ちゃんと呼んで来て、頼んでも居ないのに猫かわいがりする近所の爺ちゃんが。
『此処はあっし等に任せて!!』
犂(すき)を引く牛に乗せてくれた気のいい農夫のあんちゃんが。
『奥様!!コッチです!!お早く!!』
商品を盗むとこっぴどく叱って来た、暇そうな雑貨店のおばちゃんが。
━━━━皆が、俺と母さんを逃がしてくれた。
口々に言うのは、『かつての王家への恩を返す為』という一点張り。
……誰も、逃げようだなんて言わなかった。
『母さん……!!』
あぁ、でも。それでも……
魔物の足は俺よりも速くて
魔物の口は皆を食い散らかして
魔物の眼は、ずっと俺と母さんを見つめていたんだ
『━━━━お母さんね、ちょっと疲れちゃった。少し休んだら追いかけるから、アルフレッドは先にお逃げなさい?』
嫌だ嫌だと泣き喚く俺をそっと抱きしめて、涙を見せる事も無く。
背中を押してくれたそれが、母さんの最期の言葉だった。
『あ、あ……あああああああああああああああああ!!』
━━━━叫んで、走って。走って、叫んで。
《引き続けていた筈の母さんの腕》をそれでも片手に引いたまま、俺は走り続けた。
……あぁ、でも。やっぱり。
ソイツの足は俺よりも速くて……
押し倒される。圧し掛かられる。地面に擦れた身体が痛くて、痛くて。
━━━━そうして見上げた夜空は、真っ赤な口に呑み込まれて
━━━━瞬間、閃光が奔った
後から聞いた話によれば、食い散らかされた中で生き残ったプリーストが、自分の回復もそこそこに常駐しているパルティニアの拠点へと走り込んだらしい。そうして事態は中央に伝わって……
━━━━ガーレ・ドラゴニスが、間一髪に飛んできたのだと。
今でも、夢に見る。己の無力さが招いた恐怖の末路を。
力がないから、誰も護れなかった不甲斐ない自分の弱点を。
━━━━だから、あぁ、だから。
━━━━俺は、最強になる男だ
力が無ければ誰も護れない。然り、それは自然の理だろう。
なら、理を捻じ曲げる程の力を持てばいい
最強の誰かなら、きっと、護りたい物だって、全部……