どうして、人間にはこんな無駄な機能がついてるのだろう?
私がこうして無為に泣いている間にも、皆は勉学や鍛錬に励み、あるいは他を陥れるための策を講じている。こんな事している暇なんてない。こんな事している暇なんてないのに、どうして涙が溢れて止まらないのだろう。どうして肺が引き攣って、身体に力が入らないのだろう……
――何も、切り返せなかった。面と向かって侮辱されて、面と向かって嗤われて、なのに私の反論は何も届かなくて。……そもそも言い返すのに必死で、何を言ったかすらよく覚えていない。傍から見たら、醜態そのものであっただろう。やり返されて死ぬのだとしても、あの場で剣を抜いた方がマシだったかもしれない。
曾祖父さまが見たらなんと言うだろうか。不出来な血縁の顔も見たくないから、碌な外交のない遠国に島流ししたのだろうか。本当に何かを期待されて、この国に送り出されたのだろうか?……これ以上、考えてはいけない。自分の行動が、自分の存在が何か家の役に立つのでなければ、この身に何の意味があるのだろうか。病死かなにかに見せかけて始末することもできたはず。そうしなかったのだから、必ず私の身には何か意味があるはず……
……どうしても、わからないのだ。一挙一動が家の風評に傷をつけていると言われるほどに、会って一ヶ月の女にそれがわかるほどに、自分が酷く隙を晒しているのだとして。何故私はまだ生きている?何故誰も、私の幸せを奪わなかった?
占星術や召異魔法の専門家で、恐らく私とは隔絶した実力を持っています。ネイロと二人きりの教室を持っており*1、罠を張って私を陥れようとしましたが、会話にわざわざ時間を割き、手加減までした挙句、途中でやめてしまいました。
状況証拠からはアイリスと結託して私の幸せを奪おうとしていたものと推察されますが、アイリスの罠にかかる前に私に対してタロットカードの『塔』*2を渡してきました。黙って見ていれば分け前くらいは貰えるかもしれないでしょうに、もしあの場で「危険そうだから帰りましょう」となったらどうしたのでしょうか*3。それに、彼女は皆が罠の部屋に入ろうとするのを止めようとしていた様子はなさそうなのも謎です。
事あるごとに私が無能であるという趣旨の非難をしてきます。私を貶めたいのであれば、もっと聴衆の多い環境で行った方が効率的でしょう。それをされたらこの身は破滅ですが、彼女の立場からすればそうしないのは不合理です。
あの時わざわざ私とアイリスの間に割って入った皆が皆状況をろくに観察もせず私の方に着きましたが、彼は特に私に対して無防備でした。アイリスの召喚した魔神に怯えていた癖に……そこまでして何故?人の不幸は蜜の味だということを知らないのでしょうか。
私は恵まれた立場に生まれて、不自由なく育って、これは幸せなことのはず。でもあいつはそれを違うと言った。恵まれることと幸せは別物だと。
人は利益のために生きて、幸せを他人から奪って、これは自然なことのはず。でもあいつはそれを違うと言った。その前提が間違っていると。
彼女らは私を非難して憚らず、しかし私の幸せを奪いはしなかった。何故?理解できない。理解できないが……きっと、理解しなければならない。それを理解しない限り、彼女らに反駁することはできないだろうから。しかし、それにはどうすればいいのだろうか。どのような資料を当たれば、答えが見つかるのだろうか。……地図に無い景色を探せと、そんなことを言われた気がする。先人たちが残した道を辿ることさえままならない私に。目印も見えない無明の闇の中を、どうやって歩けと言うのだろうか。
ああ、あいつの言う通りなのだろう。私が未熟だから、答えられないのだろう。私が未熟だから、調べ方も思いつかないのだろう。もっと成長しなきゃ。もっと勉強しなきゃ。なのにどうして涙が止まらない?どうして身体に力が入らない?
――どうして、人間にはこんな無駄な機能がついてるのだろう?