「南家のソルージュが留学、ですか。トゥーラン学園都市国……聞いたことのない国名だと思ったら、絶海の孤島と」
「意外だな。ケルディオンには誰よりも詳しいと思っていたが」
ザイレム西家南家との対立を決定的にしていたクロマに対し、セルフィンは敢えて接近した。クロマもセルフィンに価値を感じたのか、二人は公私問わず頻繁に会談の場を持っている。例えば今日は、クロマの私室に雑談でもしようと招かれた。天蓋の豪奢な寝台に腰掛け、南家のさほど重要でない動きについて語らっている。
「広く見聞を集めはしましたが、それでも大陸全土の網羅には遠く及びませんよ。例えばパルティニアに直接訪れたことはありませんし、姉さまの手掛かりだって何一つ掴めていない」
「……お前はずいぶんシルルにご執心のようだな」軽蔑か、呆れられているのか。セルフィンが姉の話をすると、クロマはいつもやや棘のある言葉を返す。
「今の状況を四方丸く収められるとしたら、姉さまの調停の他ありませんから。私が貴女を利用するのは、次善の策に過ぎません」
「少しは建前というものを建てるべきじゃないのか?」
「私の目的を知っていて貰った方が何かとスムーズでしょう」
「お前……私だって人間だぞ。面と向かって利用などと言われたら流石に傷つくな」そう言いつつも、クロマの口は綻んでいた。クロマはセルフィンの自分に対する態度に満足はしていないまでも、ある種の心地よさを感じていた。
「それは失礼」一方でセルフィンはクロマの態度を奇妙に思っていた。彼女との“親密な”距離感は互いを利用せんとする関係において適切ではないはずだ。なのに……この関係がビジネスであるということを強調すればするほど、彼女はこちらに近寄ってくる。
「まぁいい」クロマの手元で小さな光が弾けた。ちょっとした魔法であれば、クロマは詠唱や道具なしに行使できるらしい。
「ソルージュの話に戻しましょう。トゥーラン政府とザイレム南家の間に取引の痕跡はなし、と。ビハールは何を考えてソルージュに留学させたのでしょう」
「あいつは確かに策に長けた狸ではあるが、その本質は投資家だ。普段から手札を増やすよう動いているからこそ、あらゆる盤面に適切な対応を取れる」
「……今のところなにか考えてる訳ではない、と」
「何か考えてる可能性もあるが、ソルージュという人選を鑑みれば単なる投資の可能性が高い。可愛い子には旅をさせよって奴かもな」
「あの子頭は良いですが、駆け引きの類は不得手そうですしね……」
「利用のしようはいくらでもあるだろうがな。あすこの統治者は“生徒”から選出する。もしソルージュが政権に入り込めれば彼の国との外交における主導権を独占できるだろう」
「釘を刺しておいた方がいいでしょうか?表敬訪問なり何なりで」
「……いや、あまり近寄らん方がいいだろう」
「何故?」
「少し梟目衆にトゥーランについて探らせたが、何やら混沌とした雰囲気を感じる。下手に近寄れば面倒事に巻き込まれるぞ」
「いいんですか、梟目衆の収集した情報を軽々と喋って」
キウェートには諜報機関が4つある。ピス家とザイレム御三家が互いを監視するために、それぞれスパイを抱えているからだ。能力を知られないため、一般にこれらの収集した情報は慎重に扱われる……はずである。
「お前だから喋るんだ。カリミアやビハール相手なら絶対言わん」
「……面倒事なら既に山積しています。今更一つ二つ増えたところで何も変わりません」
「……私はお前が心配なんだ。今やお前は私の改革に不可欠、居なくなられては困る」また、距離を詰めてくる。手練の戦士であるはずのセルフィンは寝台に押し倒され、クロマはその視野を独占する。
「そう簡単に消えるつもりはありませんよ。貴女の破滅願望を民のための改革に矯正しなければなりませんから」
初めてクロマに肉体関係を迫られた時、セルフィンは大いに戸惑った。自分とクロマの接近はそういう意味合いのものではないと思っていたし、というかそもそも女同士だし。だが今では、お互いの激務を慰めることも有益だと納得している。これも利用し合う関係の一環というわけだ。それに……クロマは乱暴だが、上手かった。
「やってみろ。期待してるぞ」
腕を絡め、舌を絡め、肌を重ねる。暖炉の火も尽きた夜の帳の中、二人は一時全てを忘れ抱き合う……
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