#author("2020-01-18T02:34:31+09:00","","")
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*銀翼のヴェクターズ外伝 『愛を退ける』 [#e82e613d]

 ジーナス・ナラが目を覚ますと、そこは見慣れた強化人間研究所の医務室のベッドの上だった。任務を終えた強化人間は、一度薬によって眠らされ、入念な検査が行われる。ジーナスはその任務のことを思い返す。自分の記憶が、寝ている間に改竄されていないことを祈りながら。

 ナグ・ドレド。その名を口にするのは控えてきた。消耗品の兵士である強化人間にとって、『大切な記憶』とか『大切な人』といったものは戦闘力を鈍らせるバグでしかない。もしそういったものをおおっぴらに話せば、すぐさま刻神サルダナーンの神官の手によって記憶が改竄され、忘れさせられる。それを防ぐため、ジーナスはナグとの記憶を極力自分の心の深い部分に押し込み、眠る前や、辛いことがあった時にだけ思い出すようにしていた。



「ナグ、どうして君は、あそこに……」



 新興国であるメイニ周辺の調査。それがジーナスに言い渡された今回の任務だった。25番、強化人間の中でも最高傑作である彼は、使われる側の強化人間でありながら、ある程度使う側として指揮権を持たされている。その彼に命令され、ジーナスは遠い異国の地で過ごしていたのだ。25番の目的は単純。フェンザード、ひいてはパルティニアの更なる発展である。彼は誠実で、正確で、そして従順だ、裏切りなどは考えるはずもない。それ故に指揮官として他の強化人間達を任されている。

 そうして任務を順調にこなしている中で、ジーナスは天然の魔晶石が豊富にある洞窟を見つけた。ある程度検分が終わり、25番に報告をしたところで、彼に出会った。黒い鱗、粗野な中に他人への気遣いがある声色。見間違いようも、聞き間違いようもなかった。生きていると信じつつも、死んでいるだろうと諦めかけていたかつての共、ナグ・ドレド。彼を前にジーナスは感情を爆発させ、彼を殺すか、彼に殺されるかという戦いをした。しかし、ジーナスの敗北が決定的になった時、25番が戦闘に介入し、彼を回収した。ジーナスの記憶ではそうなっている。



「ジーナスさん、入りますよ。あ、起きていらしたんですね。早速ですみませんが、クォーター様がお呼びです」



 看護婦が部屋に入ってきて、ジーナスにそう伝える。簡潔に返事をすると、彼女は会釈をして部屋から出て行った。

 フェンザードの人間は、強化人間の最高傑作である25番を指して『クォーター』や『あのお方』などと呼ぶことが多い。それは畏敬の表れであり、完成された強化人間でありながら自らの本名もコードネームも名乗らない彼に対する呼び名の簡便化でもあった。ジーナスも一度は彼をそう呼んだのだが、その後25番がしたどこか寂しげな表情を読み取って、今は25番と呼んでいる。
&br;&br;&br;***&br;&br;&br;



 「ジーナス・ナラです。25番、入りますよ」



 25番の私室の前でそう言うと、中から「入りたまえ」という穏やかな声が聞こえてくる。中に入ると、ソファに座った25番と、黒いローブを着て、マスクを着けた怪しげな男がジーナスを出迎える。

 ジーナスは黒いローブの男のことを知っている。いや、彼の個人名は知らないが、あの服を着た者が、フェンザード内でどのような役割を持っているかということを知っている。刻神サルダナーンの神官。強化人間を作る要であり、強化人間達の記憶を改竄、修正する張本人である。彼の存在だけで、この後の自分にどんな運命が待ち構えているか理解したジーナスは、今すぐに逃げ出したい衝動に駆られたが、25番が相手では、どこにも逃げ場などありはしない。大人しく25番の向かいに座る。



「呼び出したのは他でもない。今回の任務、というより、君のお友達についてだ」



 ジーナスは押し黙る。通話のピアスによって、ジーナスとナグとその仲間達との会話は25番に筒抜けだった。最早言い訳の余地は無い。



「強化人間にとって、そういった過去が不都合であることは、君も承知しているはずだ」



「……はい」



 25番の声はあくまで優しい。息子を諭す父親のように。実際そういった形で、彼に好意を寄せる強化人間は多い。しかし今回のそれには、有無を言わせぬ圧があった。



「この件に関して君を責めるつもりは無い。誰にだって、忘れたくない記憶はある。だが、それが露見してしまえば、我々は然るべき処置をせざるを得ない。わかってくれるね?」



「…………はい」



 諦めるしかなかった。ナグと過ごした美しい思い出、それらが消されるのは明白だ。だがそれに抗う手段はジーナスに無い。



「君は本当に良い子だ。さあ、やってくれ」



 25番がローブの男に指示を出すと、ローブの男はジーナスの頭に触れる。ジーナスの頭に咲いている白いサザンカの花に指が触れ、ジーナスは一瞬ビクリと肩を竦ませる。そんなことは気にも留めず、男はその魔法の名を口にしようとする。



「メモリー・コン「嫌だッ!!」



 ドスッ、と鈍い音がした。ローブの男の腕に、ジーナスが隠し持っていたソードビットが突き刺さっている。これには男もたまらずうめき声を上げ、魔法の発動を中止することになる。



「お願いです25番、俺の中からナグを消さないでください!あいつは、あいつの記憶だけは……!」



 涙を流しながら、ジーナスは懇願する。その姿を見て、25番は顎に手を当て、「ふむ」と呟くだけだった。やがてローブの男に近づくと、彼に耳打ちをして、ジーナスに向き直る。



「わかった。いつも優秀な君がそこまで言うなら仕方ない……ヴェス・ゼガ・ラ・ガス。ウィスプ・デルプ――――――ストリール」



「ッ!」



 気付いた時には遅かった。眠りの魔法、高位の真語術士である25番が使うそれに、ジーナス如きが抵抗出来る道理はなかった。即座に意識が朦朧とし、手足の力が抜ける。十分な時間拡大も行われているのだろう。ジーナスが起きることは当分無さそうだった。
&br;&br;&br;***&br;&br;&br;



 ジーナス・ナラが目を覚ますと、そこは25番の部屋だった。何があったのか思い出そうとするが、上手く記憶の前後が合致しない。恐らくは、サルダナーン神官による記憶の改竄が行われたのだろう。



「おはようジーナス君。気分はどうかな?」



「25番……はい。大丈夫です。記憶処理をしたんですね」



「ああ、その様子なら上手くいったようだね。さて、確認のためにいくつか質問をしよう。君は誰で、どういう人物だい?」



「ジーナス・ナラ。フェンザード商業国の強化人間です」



「うん、正しい。では次だ。ナグ・ドレド。この名は、君にとってなんだい?」



 ナグ・ドレド。そうだ、それは大切な名だ、忘れてはいけない名だ。なぜなら――――――



「ナグ・ドレド。僕が殺さなくてはいけない、忌むべき敵の名前です」



 その答えに、25番は満足げに微笑んだ。
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